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zoom RSS 原武史の憎悪と怨念の亡霊

<<   作成日時 : 2007/10/04 22:33   >>

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「週刊現代」に原武史氏(『滝山コミューン1974』の著者)が、書評を装いながら、大西忠治さんを批判している。ところが、その批判の内容がウソを交えたひどいものなのである。
全生研(全国生活指導研究協議会)が目指したのは「子供たちのなかに生まれつつある個人主義、自由主義意識を集団主義的なものに変革することであった」と紹介して、「結成メンバーの一人に、大西忠治という人物がいた」と書いている。これはウソである。大西さんは
結成メンバーではないし、結成大会にも参加していない。全生研は、大学教授である研究者によって結成されたのである。
「大西は、香川県の中学教師であったが、全生研の常任委員となってからは、旧ソ連の教育学者であるA・S・マカレンコから影響を受けつつ、学校現場に基礎的集団を意味する《班》を初めて持ち込んだ」
大西さんが全生研の常任委員になったのは、1980年である。原武史氏が「滝山コミューン」と呼んでいるのは1974年のことで、班活動があったと原氏が書いている。どっちがウソかは明らかである。
「両者(大西さんと書評の対象である著者=折出さんのこと)の最大の違いは《集団》をどうとらえるかにあった。全生研の《集団づくり》に対する反省を踏まえながら、弁証法的に個人を媒介とした《ゆるやかな集団づくり》を提唱する著者(折出さんのこと)に対して、大西は従来どおり、《集団》を《もの》として、《物質的存在》としてとらえようとする」と原武史氏は書く。
冗談じゃない!『ゆるやかな集団つくり』は、大西さんの著書である。そのことを、折出さんも書簡の中で言及している。
これは、原武史氏が折出さんの『人間的自立の教育実践学』を読んでいないことを証明しているのではないか。または、読んでいても読めていない。もしくは、批判するためにねじまげている、としか言いようがないひどさである。
原武史氏は、書評の最後を次のように結んでいる。
「晩年の大西忠治が都留文科大学の教授になったことは、同大学を卒業した教師による《集団づくり》が進められた小学校に6年間通った私にとって、とても偶然とは思えなかった」
大西さんが都留文科大学の教授になったのは、1985年である。「滝山コミューン」は1974年のことである。どこに関連があるのか。順序が逆である。原武史氏の感情をむきだしにした言いがかりに過ぎない。
小さなウソが積み重ねられることで、真実が隠されることは、ヒトラーの例をあげるまでもなく歴史の教訓である。

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★  日教組・全生研教育のユートピア  原 武史 『滝山コミ...
▼     読了後、涙があふれた。 押しつけではない「真理の教授」と「民主的社会の建設」は調和する、と心から信じることができた、「美しい夢」の時代に。 そしてそれは、「滝山コミューン」として、現実の世界で結実したのである。 本書の筆者、原武史氏にとって... ...続きを見る
書評日記  パペッティア通信
2008/02/28 15:28

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