司馬遼太郎の憂鬱

さぞかし、司馬遼太郎は嘆いていることでしょう。
後輩である「産経新聞」のジャーナリズム精神の荒廃に対しての話です。
3月7日の「産経抄」でコラム子は次のように書いた。
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 ▼仇(かたき)をとってやらねばならぬ、というのは人間として当たり前の
話である。第一、「日本にとっての悪夢の始まりだ」と脅すならず者集団を
放っておけば、第二、第三の後藤さんが明日にも出てこよう。

 ▼日本国憲法には、「平和を愛する諸国民の公正と信義」を信頼して、
わが国の「安全と生存を保持しようと決意した」とある。「イスラム国」のみ
ならず、平和を愛していない諸国民がいかに多いことか。この一点だけで
も現行憲法の世界観が、薄っぺらく、自主独立の精神から遠く離れている
ことがよくわかる。護憲信者のみなさんは、テロリストに「憲法を読んでね」
とでも言うのだろうか。命の危険にさらされた日本人を救えないような憲法
なんて、もういらない。
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近代の価値観を捨てて、仇討ちを煽る論調を司馬さんはどう思うのでしょうか?
戦前の日本を「鬼胎」と呼んだ司馬さんは、産経新聞の記者から小説家となって
「日本のかたち」を問い続けた。
産経新聞は、2月11日に曾野綾子の人権無視と国際的に批判される(つまり国
益を損なう)文章を掲載した。ジャーナリズムとしての見識を疑われる決断をした
ということです。
コラム子も編集デスクも司馬遼太郎の『城塞』に出てくる平岩親吉のように思え
てならない。
「平岩親吉は、三河風の忠義者である。三河風の忠義というのは、一般的に
陰気とされていた。愚直のよさがある。しかしながら自分の主家の利益のほ
かは思考がひろがらぬところがあり、他を容易に信用せず、たまたま智恵を
めぐらせれば智恵というより狡猾となってしまう・・・・」

司馬さんは、林羅山について「林道春(羅山)は家康にとって都合がよかった。
京の市中の匹夫の子として生まれ、出世欲がつよく、権門のためなら物事をど
う歪曲してもいいという、学問技師としての融通性をもっている
」と書いている。
産経新聞にとっての家康は、安倍首相なのだろう。

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