『維新の肖像』安部龍太郎

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今年は、「戊辰戦争150周年」です。
疑獄内閣政府は「明治150年」を標榜した施策を推進していますが
近代化を賛美しつつ、侵略戦争を隠蔽したものになっています。
最近、原田伊織さんを始めとする明治維新を疑う論評が話題にな
っています。
戊辰戦争は、鳥羽伏見の戦いから会津戦争、東軍(奥羽越列藩同
盟)と西軍(官賊)の対立、そして箱館戦争までの内戦を総称するも
のです。
会津藩は親藩なので当然なのですが私が注目しているのは二本
松藩(丹羽家)です。二本松藩は、織田信長の重臣・丹羽長秀を祖
先とする外様大名です。その二本松藩が西軍(新政府=薩長)に
最後まで抵抗し、会津藩の白虎隊よりも若い二本松少年隊が城を
守るために戦死してしまいます。
この二本松藩の「義」はどこから生まれたものなのでしょうか。
『維新の肖像』安部龍太郎(角川文庫)は、その二本松藩の藩士で
ある宗形幸八郎昌武(後の朝河正澄)とその子・貫一の物語です。
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恐ろしい時代である。国家が海外侵略という不正義をおかし、それ
に対する反対を 封じ込めるために言論弾圧や世論誘導をおこな
い、国民全体の正義感や道徳感がマ ヒしていく。そうした閉塞状
況に苛立った者たちが、独善的で狂信的なテロリストになっていく
のである。
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1930年代を生きる朝河貫一はイェール大学の歴史学者である。
日本が満州事変を起こして中国侵略を開始したことに貫一は批
判的であった。
正澄は、「戦になれば、我も人も敵も身方も人間ではなくなる。そ
うしなければ生き抜くことができぬのだ」と語る。
迫る来る官賊に対して「万にひとつも勝てる見込みのない戦でご
ざる。されど義は我らにござる。それを 守るために戦い抜き、薩
長の非を鳴らすことがこの国のために必要だと、皆が承知してく
れたのでござる」という二本松藩の指導者。それに対して、会津藩
の隊長は、 「同感でござる。あやつらの非道、不正、悪辣をこのま
ま許せば、正義の魂は消え 失せ、力のある者のみが自由にあや
つる歪んだ国になるは必定でござる。我らは二度でも三度でもよみ
がえって、この国の闇を照らす灯火になりましょうぞ」と応じる。
二本松城跡に現在も「戒石銘」というものがある。
政の要諦は、まず第一に領民の暮らしを守り抜かなければならぬ。
それが政を預かる者の責任であり使命なのだ、ということで武士の
俸禄は領民からいただいていると自覚せよという意味です。
現在の政治家・官僚に読ませたいものです。







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