昭和歌謡「瞳を閉じて」

ラジオの深夜番組への一通の手紙から「瞳を閉じて」は生まれた。
当時、長崎県立五島高校奈留分校に在学中だった藤原あつみさんが
ユーミンの深夜番組に「私たちの校歌を作ってください」と手紙を書いた。
藤原さんは、五島高校の校歌が奈留島とは関係の無い歌詞なので教室
から見える奈留島の海や山のことを手紙に書いて、そのイメージを受け
とったユーミンが「瞳を閉じて」を作って贈ったというのである。
ユーミンは、「学校の人が校歌という名目で歌うというより、島にはみんな
残らなくなった、集団就職とかいろんなことで島以外の所へみんなバラバ
ラに出ていく、出ていった人がちょっと歌えるような歌がいい」と校歌らしく
ない歌詞にしたらしい。
この様子は、2年後にNHKテレビ「《新日本紀行》歌が生まれてそして~
長崎県奈留島」として放送された。
それから12年後、1988年になって「瞳を閉じて」が音楽の教科書に載っ
たことをきっかけに奈留島に残った平山和彦さんや江口一成さんから記
念碑を作る声があがり、除幕式の折に同窓会をやろうと呼びかけた。
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昭和50年度の卒業生81人の内、奈留島に残ったのは25人であった。
東京にいた藤原あつみさんも帰郷して、除幕式にはユーミンも悪天候で
飛行機が着かないトラブルを乗り越えて駆けつける。
歌碑は、ユーミンの直筆ということです。除幕式で歌碑を見たときにユー
ミンは金文字に驚いていましたが長崎では金文字は常識です。
この様子はNHKテレビ「瞳を閉じて~ユーミンが贈った島の歌」として放
送された。昭和51年、長崎県立奈留高校として独立し「瞳を閉じて」は愛
唱歌として島の人たちに受け継がれてきた。
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2015年、NHKテレビ「SONGSスペシャル」で奈留高校50周年式典に
出席したユーミンが「瞳を閉じて」を一緒に歌っている。
この時も、在校生の葛島湖々呂さんがユーミンの番組に手紙を書いてい
る。それに応えて奈留島を訪れるユーミンの気持ちが嬉しい。
「遠い空の下、それぞれ離れているかもしれませんが、時々は思い出し
て励まし合いましょう。この島を愛する気持ちに負けないようにこれから
も音楽を愛して活動を続けていきたいと思います」
「いつものね、心の小さな箱を開ければ、そこに故郷がある。どこにでも
持ち運べて瞳を閉じれば故郷の風景が心のスクリーンにバーと写って
来るような歌であって欲しいです」
「心の故郷はね、どこか特定の地上の場所にあるものではなくて、大切
だなと思った心にあるものだなと、決してそれは無くならないものだって」
ユーミンの言葉が沁みてくるようです。

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