司馬遼太郎記念館交流ツアー1日目

11日、博多駅集合で始まったツアーは、司馬遼太郎さんの『街道をゆく11/
肥前の諸街道』を辿るツアーでした。3台のバスに分乗しました。
最初は、蒙古塚です。
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第二次元寇は暴風雨によって終末を告げたのだが、生き残った元兵は
あちことで降参して捕虜になった。捕虜の数は千何百とも二千何百とも
いうが、結局はいまの福岡市に流れこんでいる那珂川の河原にひき出
し、片っぱしから首を刎ねてしまった。島国の人間というのは異国人と
共存できる智恵も経験もない。    【街道をゆく11/肥前の諸街道】
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捕虜の遺骸を埋めた塚という説と、古墳だったという説がある。
次に向かったのが元寇の折に築かれた防塁(石垣)跡です。
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現在は、砂に埋まっている。司馬さんも、防塁は「2メートルぐらいの高さ
だったが、その後、土砂にうずもれ、標高4、5メートルの丘状をなすよう
になり」と書いています。その一部が発掘されていました。
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今回のツアーに参加する気になったのは、今まで行ったことのない防塁
跡、名護屋城址、平戸だったからです。
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秀吉が名護屋に諸大名を集めて朝鮮出兵という愚行をしていなければ
徳川政権が出来ていたかは微妙なところです。秀吉らしい豪華絢爛な
城塞も城址になればなんと空しいことでしょう。
宿泊場所の佐世保で上村館長の講演と交流会がありました。
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二次会は、顔なじみの人と愉しい一時を過ごしました。
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