中日文化センターの講座

この半年、中日文化センターの2講座を受講していました。保阪正康さんの「昭和史講座」と川田稔・名大名誉教授の「満州事変」の講座です。石原莞爾と板垣征四郎が起こした柳条湖事件から始まった満州事変は、関東軍の暴走に引きづられて満州国建国まで突っ走ったと思っていました。世界恐慌の大不況から脱出するために満州を手に入れたと中学校では教えていました。しかし、川田さんによると世界恐慌以前から《一夕会》という永田鉄山を中心とする陸軍中央の少壮・中堅幕僚のグループ(その中に石原莞爾や東条英機がいた)の中で満州の資源を得るために満州領有を計画していたというのです。満州事変の直後は若槻内閣によって一夕会の暴走は一時的に抑えられたが陸軍内部で一夕会勢力が主導権を握ります。
川田さんの『戦前日本の安全保障』(講談社現代新書)の中に、対ソ連戦略をめぐって永田鉄山と小畑敏四郎の間に対立があったことが次のように書かれている。
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小畑とその周辺は、つぎのように考えていた。現在の日本の対満国策は、五族協和の崇高な理想にもかかわらず、「客観的本質」においては「大和民族の満蒙支配」であることは否定できない。
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これは、陸軍中央の幕僚が侵略であることを認めているということだと思ったので川田さんに出典を質問しました。陸軍の作成した『帝国国策』の「国策理由書(皇国内外情勢判断)」(昭和8年10月18日付)であると教えてもらいました。

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