死者についての記憶

民俗学の小松和彦さんが「死者の《たましい》はどのように祀られていくのか。たとえば、わたしが死んだら、わたしの《たましい》は誰が管理するのだろうか。わたしの遺族だろうか。もしその遺族が《たましい》など存在しないと考えるとしたら、かれらはまったく《祭祀》しないのだろうか。それとも、その《たましい》に託されていたものを継承する別のやり方を考え出すのだろうか。遺族が祭祀するしないにかかわらず、その存在を信じている人は誰でも、わたしの《たましい》の管理ができるのだろうか。もっとはっきり言えば、そうした人は、わたしの《たましい》を神社を建立して自由に祀り上げることができるのだろうか」と問題提起して、靖国神社のように人を神にすることの意味を書いています。
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《死者のたましい》とは「死者についての記憶」と置き換え可能なものではないか。つまり、「死者についての記憶」の限界が《死者のたましい》の限界ではないか。慰霊とは《死者のたましい》を慰める行為であるが、それは同時に、「死者についての記憶」を風化させないようにするための方法でもある。したがって、「死者についての記憶」がある限り、《死者のたましい》も存続するであろう。しかし、「死者についての記憶」が薄れていけば《死者のたましい》も消滅していく。つまり、「記憶」の限界が「たましい」の限界でもあるわけである。                                               『《たましい》という名の記憶装置』

記憶は時間の中で風化する。楽しかったことも、苦しかったことも、そして絶対に忘れまいと誓ったことも、時間の経過とともに薄れていく。まして記憶をもたない後世の人びとに、それを伝えることは容易ではない。たとえば、戦争を体験した人びとはその悲惨さを記憶しているが、その記憶を次の世代に、そのまた次の世代に伝えるためには、そのための装置を編み出さなければならない。          『神になった人びと』
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小松和彦さんは「記憶を次の世代に、そのまた次の世代に伝えるためには、そのための装置」が必要だと書いています。私がいま取り組んでいる「捕虜収容所跡を残す会」の活動における文学碑・記念碑・メモリープレートなどの建立がその装置なのです。戦時中にあった捕虜収容所(鳴海分所)では22人の捕虜が死亡しています。その追悼の意味も込めて記念碑(追悼碑)が大切だと思います。

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