特攻隊員の遺言

私が好きなノンフィクション作家の保阪正康さんの著書のエッセンスをまとめた『昭和史の急所』(朝日新書)の中に次のような文章がある。
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上原良治は、昭和18年11月に学徒出陣で慶応大学経済学部を休学し、陸軍の歩兵第50連隊に入営した。上原の手記の一部は、『きけわだつみのこえ』に掲載されているが、彼の経歴が次のように紹介されている。
慶応大学経済学部学生。昭和18年12月入営。20年5月11日陸軍特別攻撃隊員として、沖縄嘉手納湾の米国機動部隊に突入戦死。22歳。
上原の現世への別れの書はこれまで2通、社会には知られている。(略)この「所感」は誰に宛てたものではない。(略)だが上原は、自らの「死」とひきかえに枢軸国家は敗れ去り、自由を尊ぶ国家が生き残るであろう、と書いたのだ。
自己の信念の正しかった事、この事は或いは祖国にとって恐るべき事であるかも知れませんが、吾人にとっては嬉しい限りです」といい、「明日ハ自由主義者が一人この世から去っていきます。彼の後姿ハ淋しいですが、心中満足で一杯です」と断言したのである。
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この文章は、『昭和陸軍の研究(下)』に書いてあるものの抜粋です。
保阪さんは、別の著書『昭和史の教訓』で「これがもっとも大切なのだが昭和十年代のこの期はわれわれの国の歴史にとって、誤りであったことを認める勇気である。その勇気がなければ昭和史から教訓を学ぶことはできない」と書いています。ところが、その勇気のない人たちが《日本スゴイ!》と叫びたいために歴史を修正・改竄して、「侵略していない」、「虐殺していない」などと言っているのです。政治家の中にも多数いることが明らかになった《表現の不自由展・その後》騒動でした。
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元谷 「好きなことをやって、好きなことを言って、誰が何と言っても信念を曲げない自信があります。中国政府にホテルの部屋から、南京大虐殺はなかったと記した著書を撤去しろと言われても、応じませんでしたし」
宮田 「良いと思ったら徹底的にその世界を極めることが大切です。それは芸術においても、ビジネスにおいても同様ではないでしょうか」
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元谷とはアパホテル社長で、宮田というのは宮田亮平文化庁長官です。文化庁長官が「あいちトリエンナーレ」に対する補助金を不交付にするというのはこういうことだったのです。同じ仲間の衛藤大臣が靖国神社に参拝して中国や韓国から批判の声があがっています。特攻死した上原良治は「自由を尊ぶ国家」が正しいと言いながらこの世から去っていきました。当然のことながら、上原良治は靖国神社に祀られています。
歴史修正主義者たちの支配する日本を上原良治はどう思っているのだろうか。

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