城山三郎と捕虜収容所2

1.『捕虜の居た駅』の朗読会
 城山三郎の短編小説『捕虜の居た駅』の朗読会が名鉄有松駅前の東丘コミュニティセンターで開催されたのは2011年5月28日のことである。朗読は、名古屋で《あまちん》と親しまれている俳優・天野鎮雄氏が担当し、暖かくて深い語りに多くの参加者が感銘を受けた。同時に当時のこと知っている成田治氏(有松あないびとの会代表)の証言もあり興味深い朗読会であった。私が住んでいる地域に捕虜収容所があったことを初めて知り、その後調べてみたところ郷土史家の書いた本や『緑区誌~区制50周年記念』2014年刊、東丘小学校「創立30周年記念誌」などに記述してあることがわかった。
城山三郎が雑誌に発表しただけの『捕虜の居た駅』を発掘し、朗読会などを企画していたのは南山国際高等学校・中学校教諭の馬場豊氏である。馬場氏は、2016年4月に朗読劇「捕虜のいた町」を上演し、2017年5月に『戯曲/捕虜のいた町』(中日新聞社)を発刊している。城山三郎が『捕虜の居た駅』を全集にも入れていないし作品年表にも書かれていないことを馬場氏は明らかにしている。しかし、晩年の『指揮官たちの特攻』の中に同じような記述があり、城山三郎にとって大事な記憶だったことは間違いない。そして、他の作品でも有松村(実際は豊明村)の別荘のことを書いている。

2.捕虜収容所跡を残す会発足
11月10日、世話人会が開催され、名称を「捕虜収容所跡を残す会」と決定し、世話人会を随時開催することになった。11月24日に「緑区タウミーティング」が緑区役所であり、世話人有志が出席し、河村・名古屋市長、緑区長に対して捕虜収容所跡の保存と城山三郎の事蹟を記したプレートなどの設置を要望したところ、市長からは「それはいいことだ。(区長に対して)予算が付けられないか」という発言があった。後日、緑区長(他3名)が収容所跡を見学し、案内した世話人に「状況はわかりました。本庁に報告しておきます」ということだった。何回か世話人会を開催し、代表役員を決めて趣意書を検討して、関係者・関連組織・グループなどに活動への理解・賛同を呼びかけていった。

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