教育雑誌『生活指導/2・3月号』

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特集は《一人ひとりの多様性を認め合う集団づくり》です。夏の全国大会の基調で取り上げられた《当事者性》について書かれています。最近の『生活指導』はつまらないというのが正直な感想でした。定年退職して学校現場から離れて12年が過ぎました。2年前まで大学生を相手に教育実践の一端を語ってきましたが何年か前から実践家としての感覚は過去のものになっていたと感じていました。『生活指導』誌がつまらないと思ったのは研究論文のない軽い感じの編集だったからです。実践報告も読みやすい方針なのか4頁ほどの短編が中心でした。
今回の2・3月号は久しぶりに読み応えのあるものでした。書き手が知っている人が多かったのも読めた理由かも知れません。
《教育を考える言葉》の「好きな食べ物は何ですか」は映画監督の今村彩子さんのエッセーです。編集部から原稿依頼の仲立ちを頼まれた関係でどんな原稿なのかドキドキしながら読みました。表題からして上手いなぁと思いました。そして、「ちょっと気になったのが、先生の説明だった」と耳が聞こえない今村さんのことを《どんなことで苦労されているのかを聞きましょう》と生徒に呼びかける先生について指摘しているところが素晴らしい。そして、「私が先生だったらどんな授業をするかな」と展開していく。学校現場へのツッコミを面白く読みました。
《基調との対話》の3本はどれも示唆に富むもので学べるところが多かった。
①「剥奪された当事者性を取り戻す」の山本敏郎論文は《「当事者」ではない人が「当事者になる」のではなくて、自分が当事者であることを自覚する機会を奪われた人が、その自覚を持ち、当事者であることを奪い返したり、回復する過程を「当事者性をたちあげる」と呼びたいのです》と書いています。
②「当事者研究を始めよう」の原田真知子論文は《いま教育の場は、残念ながら子どもたちにとって「当事者性を剥奪される場」である場合が多い。子どもが一律主義のんかで排除されたり、または排除したりする者になっていくことをなんとしても食い止めたい。そのために、まずは教師自身から、当事者研究を始めてはどうだろう》と締めくくっています。
③「要求を自覚して、当事者性を取り戻す」の上森さくら論文は《工場のラインで欠陥品でないかだけをチェックされ流されていく部品のように多くの人が扱われている状況に対して「当事者による当事者性の回復」が現在の生活指導の課題であると、この大会基調では示された。では当事者性の回復とはどのようなものであろうか。ここではそれを、「自らの要求を自覚し、社会・世界と相対すること」としてみたい。》とする。
この三つの論文については、《相模原事件》について雨宮処凛さんが熊谷晋一郎さんや杉田俊介さんらと論及する『この国の不寛容の果てに』を読むとより理解しやすいと思います。
実践記録は、2本が8頁、1本が12頁と従来の分量になっています。近藤俊克さんの実践記録「意味や価値ある道徳性をめざして」も8頁でした。
実践記録については、書き方が大事だと思っています。私が書いていた頃は読み手が優れていたので事実を書くだけで良かったのですが最近の若い教師にはその書き方では伝わらないのではないかと思います。教師の取り組みについて《なぜ、そうするのか》《どう考えたのか》を解説する書き方が大事ではないかと思うのです。神坂大河実践「みんなで居心地のいい教室に」にはそうした試みがなされています。

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