NHKスペシャル『関東大震災と朝鮮人~悲劇はなぜ起きたのか』

先日の大学での講義で関東大震災のことを取り上げたので関連書籍をよく読みました。今日は、録画してあったNHKスペシャルを見ました。
1923年の関東大震災。混乱のなか流言が広がり、多くの朝鮮人が殺害された。中央防災会議は2009年に国の機関として初めて事件を分析して『関東大震災報告書』としてまとめた。それによると軍や警察、新聞も一時は流言の伝達に関与していたことがわかる。《殺傷事件の概要》として、(1)朝鮮人への迫害、(2)中国人の殺傷、(3)日本人の殺傷の項目があり、軍、警察、蘇民ともに例外とは言い切れない規模で武力や暴力を行使したことを明らかにしています。朝鮮人については、51件の殺傷事件を、いつ、どこで、どのように行われたかを記録しています。
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関東大震災の時の流言飛語(デマ)は、最初に9月1日午後1時頃に「富士山大爆発」「大津波」というのが広まり、午後3時頃から「社会主義者及び鮮人の放火多し」というデマが流れたらしい。その後に朝鮮人関係のデマが8割ほどになり、「朝鮮人が毒薬を井戸に投じた」とか「数百人が地域に侵入して、強盗、強姦、殺戮など暴行至らずところなし」とかが広まっていった。当時は、ラジオが無く、新聞社も被災していたので情報が正しく伝わっていなかったのです。
内務省はデマを重要視して戒厳令を出して5万の軍隊を動員します。戒厳令が出たことでデマがより信じられる結果となっていきました。そんな中で日本人も59人が自警団などに殺されています。9月1日から6日にかけて東京を中心に多くの犠牲者のデータを番組が出しています。
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内務省だけでなく軍の中にも流言を信じ、増幅してしまった事例があります。千葉県船橋市の海軍無線電信所船橋送信所の所長が「只今、鮮人の一隊 電信所を襲撃する」と聞き、「SOS 援兵タノム 船橋」、「鮮人300 船橋ニ上陸 至急迫ル」と間違った情報を全国に打電し、所長は送信所を守るために自警団にも協力を求めたというのです。そうした雰囲気の中で多くの朝鮮人が虐殺されたのです。
事後処理について酷い証言があります。朝鮮人の「被害ある者は、遺骨を不明の程度に始末すること」という命令が来たというのです。ある警察官は「そのままにしておくと証拠を残すと後で国といろんな問題、外国との関係があるから《火葬しちゃえ》と言う、全部掘り出して、そこに薪や油を持っていって火をつけた。想像もできない臭かったよ。明くる日、それをどうするか考えて、ばらまいちゃうしかしょうがない。田んぼがあったから骨を持っていって全部まいちゃった」と証言しています。つまり、朝鮮人の遺骨と分からないように始末せよというのです。その後、一応、362人が起訴されたのですが執行猶予付きの刑でした。
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さいたま市染谷(当時は北足立郡片柳村)で起きた事件は司法省の調査書に『9月4日午前2時頃、北足立郡片柳村 染谷地内、被害者「姜大興(カン・デフン)」、殺人、鎗・日本刀ニテ殺害ス』と記されていました。
姜大興の墓石の横面には《死亡》と刻んであり、このままでは虐殺(殺害)されたことは分からないと墓を管理していた人が語っていました。それでも、こうして墓を作ってあるだけましなのかもしれません。
『九月、東京の路上で』加藤直樹(ころから)には、千葉県船橋市丸山地区では、押し寄せる自警団から2人の朝鮮人を隣人だからと守り切った村人のことが書かれています。つまり、偏見や差別意識のない日本人はデマを信じなかったということです。
ところが、この番組のことをネットで検索すると、この番組が偏向した「反日番組」であり、朝鮮人虐殺など無かったのだというのがズラリと並びます。本当のことを知らないと、また、デマを信じて大変なことを犯すかもしれません。拒否・断絶ではなく対話・理解が大事なのです。

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