陛下という尊称

『歴史戦と思想戦』を書いた山崎 雅弘さんが6月29日に次のような発信をしていました。
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ずっと前に投稿した内容だが、ツイッターでリツイートしたので、こちらでも再掲。昭和天皇を、批判や風刺の対象にすることは許されるか? という問いについては、私は2つの理由で許されると思う。第一に過去の天皇は「日本国の象徴」という地位にない。第二に日本国憲法下の日本には言論・表現の自由はあるが不敬罪はない。戦争責任の批判も一指導者として自由になされていいはず。
こうした考え方を「民主主義国だから普通」だと思うか、拒絶して感情的に逆上するかで、その人が「大日本帝国の精神文化の継承者」であるかどうか見分けられる。大日本帝国の継承者は、過去の天皇も批判してはならない絶対的権威と見なす。権威を利用するのが目的なので、権威を傷つける者は許さない。
元天皇の裕仁氏は、今の日本で「陛下」と呼ばれる地位にはいない(陛下は今上=現役の天皇のみに使われる敬称、つまり日本語として誤用)。だが河村たかし名古屋市長は「大日本帝国時代の昭和天皇」をモチーフにした表現物を「陛下への侮辱」と呼び、「大日本帝国時代の天皇」も礼賛以外で表現してはいけないかのような錯覚を作り出している。彼の頭の中は、今でも大日本帝国の精神文化が渦巻いている様子。河村たかし名古屋市長は「南京虐殺は無かった」という南京虐殺否定論者でもある。

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この写真は、昨年の「愛知トリエンナーレ」の時に河村市長が10分ほどマスコミ向けにしたパフォーマンスだったのですが、山崎さんの発信では
河村市長は《天皇陛下》を使っているので陛下が「現役の天皇のみに使われる敬称」ということを知らなかったということです。陛下という尊称の使い方さえ知らないその程度の人が「陛下への侮辱」と抗議していたということです。そもそも、以前に書きましたが《昭和天皇の写真》を燃やしたのは作者の大浦さんではなく、主催者の美術館だったのです。また、河村市長が「南京虐殺は無かった」という根拠は河村市長の父が言っていたからというのですから問題外のことです。
大村愛知県知事のリコールを画策する歴史修正主義というか歴史を歪曲(改竄)してでも大日本帝国バンザイを叫びたい人たちの仲間である河村市長の尊皇知識はその程度だったということです。

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