オンライン研究会

今夜は、オンラインの名生研例会でした。オンラインだからこそで県外から松山と浜松からの参加者を含めて6人でした。「学習」は、『生活指導 / 2-3月号』の竹内 元さんの《実践記録にある子どもの意見表明を聴く》を取り上げました。
竹内さんは、「子どもがトラブルを通して、自分の苦しさを安心して出せるような学校は、他の子どもも安心して自分を出せることにつながる」と言います。
そして、要約すると次のように展開します。
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①事実を聴き,気持ちを聴き,つもりを読み解き,可能性を聴きながら,トラブルにつき合うことを,当事者だけでなく,子どもたちに見せていく。⇒②学校や教師が子どもに合わせて,自らに無意識に刻まれている学校的な価値や規準を日々問い直していく。⇒③子どもたちに,何かトラブルがあっても,頭ごなし否定されることなく,自分の立場に立って聴いてもらえることが伝わっていく。⇒④トラブルを見ていた子どもたちが,誰にもいえなかったSOSを様々なサインで示してくる。⇒⑤子どもたちにとって教師が信頼できる他者として目の前にいるかどうか。⇒⑥教師が「困った子」を「困っている子」と見ることに,子どもたちにも共感的な他者や共闘的な他者への教師観の転換があるかどうか。⇒⑦教師の子ども観の転換だけでなく,子どもの教師観の転換をつくり出すことが求められている
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そして、私が竹内さんの「学校が家庭や子どもに踏み込むのではなく,子どもや家庭に教師が踏み込まれていく関係こそが困り感の発見と支援につながっていく」という指摘に共感しました。
『生活指導 / 2017年8-9月号』に嶋田真木子実践「子どもたちと出会いをどうつくるか」が報告されています。
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優子も、翔も、夏実もわからないことだらけでマゴマゴしていた。初めての集団生活。私たちが当たり前に使っている言葉がわからないのは当然だ。「みなさん、立ってください」と言っても三人は座ったままだった。すぐに「みなさんは、優子ちゃんも翔君も、夏実ちゃんもこのお部屋にいる人全部を《みなさん》と言うよ。優子ちゃん、翔君、夏実ちゃんも立ちましょう」と言い換えた。
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この嶋田さんの対応を竹内さんは高く評価しています。
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「優子ちゃんも翔君も、夏実ちゃんも、立つのよ」と指示し直すのではなく、「座ったままだった」という子どもの行動に対して、「なぜ座ったままなのだろう」と子どもの立場に立って考えることで、子どもが発している言葉にならない「わからないので、教えてほしい」というメッセージにきちんと応答するのだ。
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そして、「学校の基準に子どもを合わせるのではなく、むしろ、学校や教師が子どもに合わせて、自らに無意識に刻まれている学校的な価値や基準を日々問い直していく。言葉にならない子どもの声を聴き子どもの意見表明権を保証するそうした日々の積み重ねが、子どもたちの人権感覚や他者意識を育てていくのではないだろうか」とコメントしています。
そして、次のような嶋田さんの対応を取り上げています。
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夏実の母親にも、夏実が遅刻したとき、不用意に「どうしました?」と嶋田さんは聞かない。どんなにやさしい口調で言おうとも、「どうしました?」と問うこと自体が、母親を責めることになるからだ。そうした相手の立場から自分の言動を常にみつめ直すまなざしが、五月中頃に、翔の母親が玄関で嶋田さんを待っていて、翔に対する愛情を基にしたヘルプを出すことにつながっているのだと思う。母親が独りで抱え込んで自分を追いつめないためにも、学校は、子どもや家庭に踏み込まれ、学校のあり方を問い直す機会を失ってはならない。
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不用意に「どうしました?」と嶋田さんは聞かない。この指摘にウ~ンと唸ってしまいました。なぜなら、私なら聞いてしまうからです。そのことが母親を責めることになるとは思っていなかったからです。
学校は、子どもや家庭に踏み込まれ、学校のあり方を問い直す機会を失ってはならない」と強く思いました。

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