映画「生きろ 島田叡」

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昨日に続いての映画館通いです。本当は2本観る予定だったのですが3時間あったので本屋を廻っている内に疲れてしまったので帰宅しました。この映画は、つボイノリオさんがラジオ番組で紹介していたものです。
戦中最後の沖縄県知事である島田叡のドキュメンタリーです。元沖縄県知事の大田昌秀氏は「島田叡氏は、行政官として本当に尊敬すべき、本物の人物じゃないかと思います」と語っています。
私は、島田叡という名前を初めて知りました。もちろん、戦前の沖縄県知事が誰であったかも知りませんでした。当然のことながら選挙で選ぶのではなく辞令によるものです。それも1945年1月のことです。行けば戦場が待っています。前任知事は出張で上京し、沖縄に帰任しなかったのです。家族全員が反対しますが「俺は死にとうないから誰かが行って死んでくれとは、よう言わん」と沖縄に向かいます。
「沖縄戦」は、沖縄を守るために戦ったのではなく、本土決戦の準備のための《捨て石》だったと言われています。牛島満・第32軍司令官は、軍官民共生共死の方針を貫き、米軍が上陸すると首里を放棄して、島田知事の反対を押し切って住民が避難している南部への撤退を実行する。牛島は全軍に対して「最後マデ敢闘シ生キテ虜囚ノ辱メヲ受クルコトナク悠久ノ大義ニ生クルベシ」という命令を出している。沖縄で軍隊が住民に自決を要求した原因です。大田實海軍司令官は島田や荒井退造・沖縄県警察部長と意気投合して協力していたという。海軍次官宛に打電した有名な「沖縄県民斯ク戦ヘリ。県民ニ対シ後世特別ノ御高配を賜ランコトヲ」という電文は島田に代わり訴えたものだという。軍人でも、牛島満と大田實では大きな違いがあるようです。二人とも責任をとって自決しています。島田叡と荒井退造は沖縄戦組織的戦闘終了後に消息を絶ったということです。
この映画の監督は佐古忠彦さんです。TBSテレビのキャスターをしていた人です。「米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー」などの監督です。

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