司馬さんとお化け
今日は、久しぶりの「司馬会」でした。司馬会というのは、司馬遼太郎さんのファンで作っている会です。
今回のテーマは「司馬さんとお化け」です。司馬さんの若いころのエッセイに、京都の山中にある〝お化け寺〟に、「物の怪」見物に行く話が出ています。「アイルランド紀行」では妖精が、「奈良散歩」では幽霊が活躍します。「ペルシャの幻術師」や「妖怪」など、司馬さんはどうしてその類の話を好んで書いたのか。講師は、村井さん(『街道をゆく』の担当者)です。
司馬さんの初期の作品に『外法仏』があります。平安時代のこと、比叡山の僧都・恵亮が《競べ馬》を加持祈祷で勝負した結果、青女という巫女と関係して勝ったけど本人は死んでしまったという物語です。司馬さんは、『街道をゆく / 奈良散歩』で、二週間ほど続く奈良の《お水取り》のことを書いていると村井さんは語ります。
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五日と十二日に「過去帳」が読み上げられる。東大寺の創建、再建、運営などに尽力した人々の名が読まれていく。最初は聖武天皇、光明皇后、行基、初代別当の良弁、空海、源頼朝・・・・。有名人だけでなく大工さんや鋳物師の名前もあるが、源頼朝から十八人目に奇妙な人物が読み上げられる。「青衣ノ女人」、これは女人の亡霊である。
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鎌倉のころに、集慶という東大寺僧がいたという。集慶が過去帳を読み、頼朝をすぎてしばらくして、青い衣を着た女人が現れた。「など我をば過去帳にはよみおとしたるぞ」。集慶がとっさに「青衣の女人」と読むと、女の姿は消えたという。司馬さんは、取材でその「青衣の女人」が現れたような気がしたと『奈良散歩』に書いている、という話でした。
司馬さん本人は、仏教徒だからお化けを恐れることはないと言っていたそうです。『台湾紀行』の時には、同行した陳舜臣さんがお化けを怖がったとか、司馬夫人のみどりさんもお化けを怖がったそうですが、司馬さんは「原始人は怖がる」と言っていたそうです。
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