1947年教育基本法

昨日(3月31日)は、教育基本法が公布された日であった。1947年のことである。昨年末に改定されたので、旧教育基本法というべきものであろうか。しかし、新しい教育基本法の下で何が起こるのかは予想できるかぎり、あまりいいものではない。「教育再生会議」の提起する方針にそれは見えている。先日には、道徳を教科に格上げするという方針を発表した。道徳の評定に1がついた児童・生徒は、人格的に否定されたことになる。評価する教師の苦悩も明らかである。
新教育基本法は、教師が国家の下僕となり、子どもたちに権威をふるうという戦前の再現を目指している。そのことによって教育という営みは、工場と化していく。安倍「教育改革」に対して、日本国憲法に依拠し、1947年教育基本法の精神に基づいた教育の営みを実現することが大切である。
イタリアの教師マリオ・ローディの言葉に惹かれる最近の私である。
『子どもを学校の中心にすえること、あらゆる恐怖から子どもたちを解放し、学習を有意で楽しいものにすること、子どものまわりに、かれに敵対するのではなく、かれを仲間として迎えいれてくれる共同体を創りだすこと、子どもの生活と、かれの内部で発達する高き感情を重んずること、まさにそれが、教師の、学校の、そして社会のなさねばならぬことなのです』

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