テーマ:昭和歌謡

昭和歌謡「私鉄沿線」

先日、郡上で岐阜生研の仲間と懇親会をしました。 その途中の美濃に5月1日に歌碑が建立されたことを知らせてくれた 友人がいました。日程が合えば友人と久しぶりに会って話したかった のですが、友人の関わる集会の日と重なったために、私一人で訪れ ました。 野口五郎の「私鉄沿線」の歌碑です。 美濃市は、野口五郎の出身地ということで…
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昭和歌謡「なごり雪」

2泊3日の司馬遼太郎記念館ツアーの後、大分・津久見まで 足を伸ばしました。津久見駅前に作詞・作曲の伊勢正三さ んの出身地ということで歌碑があります。 伊勢さんは、《「つくみ駅⌋に寄せて》という碑文を書いて います。 「なごり雪」については、いくつかの思いがあります。 学生時代に書いた短編小説のテーマが「な…
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昭和歌謡「舟唄」八代亜紀

三原市に行った帰りに福山・鞆の浦に寄り道しました。 八代亜紀の「舟唄」の歌碑が安国寺下のバス停にあるからです。 なぜ、ここに建立されたのかはわからないのですが、鞆の浦には 何回か行ったことがあるのに途中のバス停に歌碑があることは 知りませんでした。 鞆の浦は、坂本龍馬の《いろは丸事件》の舞台となった場所なの で以前に何回…
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昭和歌謡は永遠に

昭和歌謡の歌碑に関する本を書こうと準備中です。 『流行歌の精神史』は、最近購入した本ですが「やられた!」という気持ち です。コンセプトが似ているのです。 今、大型書店に行くと昭和歌謡関連の本が溢れています。基本は図書館 で借りているのですが写真は自分で持っている本です。 中には、受験参考書まがいの本…
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昭和歌謡紅白歌合戦

「平成最後」の○○とよく言われています。100日を切った平成ですが 昭和生まれの私は三代を生きることになります。 私にとって明治生まれというのは祖母のことでずっと昔という感じだった のですが、私自身が昭和生まれはずっと昔と言われるようになる訳です。 現在、「昭和歌謡の歌碑めぐり」の原稿を書いています。 その一環で紅白歌合戦の出…
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浜田真理子ライブ

今夜は、今池・ToKuzoでの《ふちがみとふなと》とのジョイント ライブでした。ところが、ふちがみとふなとが風邪のため声が出 ないというアクシデント。 ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」を歌ったのですがハモらない酷 い出来でした。ザ・ピーナッツの地元でそれはないでしょうという 感じでした。 浜田真理子の歌は良かったのですが…
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昭和歌謡「いとしのエリー」

栗橋駅から離れた線路沿いの住宅地の中に公園があって、フェンスがサザンオールスターズの楽曲「いとしのエリー」の楽譜になっています。 「いとしのエリー」は、コミックバンドと誤解されていたサザンオールスターズの転換点となった楽曲です。1979年に3枚目のシングル盤としてリリースされました。 「いとしのエリー」の歌碑が、何故この公園…
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昭和歌謡「潮来笠」

「潮来笠」は、1960年にデビューした橋幸夫のヒット曲です。 橋幸夫は、この楽曲でレコード大賞新人賞を受賞しました。 私が中学1年生の時です。なぜか、この歌に魅せられてレコードは 買わなかったがラジオで流れる楽曲の歌詞を書き写して覚えました。 そして、遠足のバスの中で披露したのは言うまでもないことです。 佐原から潮来へのコ…
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昭和歌謡めぐり

小江戸・佐原の小野川沿いにある入船橋緑地公園に「大利根月夜」の 歌碑があります。 駅前でタクシーに乗って、潮来を目指しました。その途中に松村和子の 「帰ってこいよ」の歌碑が横利根大橋の袂にあります。作詞家の出身地 だそうです。 香取市は、潮来と並んで水郷地帯です。 三橋美智也が歌った「おんな船頭唄」は水生植物園の入口…
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昭和歌謡「雪の降る町を」・「孫」

今回の鶴岡行きで昭和歌謡の歌碑の写真を3枚撮れました。 「雪の降る町を」は、JR鶴岡駅前と鶴ヶ岡城址公園の二ヶ所にあります。 「雪の降る町を」は、昭和26年(1951)に連続放送劇の挿入歌として作 られました。それも、脚本の不足部分を補うために歌を入れて時間調整 したということです。 シャンソン歌手の高英男さんの高音の…
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昭和歌謡「瞳を閉じて」

ラジオの深夜番組への一通の手紙から「瞳を閉じて」は生まれた。 当時、長崎県立五島高校奈留分校に在学中だった藤原あつみさんが ユーミンの深夜番組に「私たちの校歌を作ってください」と手紙を書いた。 藤原さんは、五島高校の校歌が奈留島とは関係の無い歌詞なので教室 から見える奈留島の海や山のことを手紙に書いて、そのイメージを受け とっ…
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昭和歌謡「かえり船」

昭和歌謡の歌碑めぐりで佐世保に来ました。 十五年戦争の敗戦後に海外から多くの日本人が帰って 来ました。舞鶴が有名ですが佐世保もアジア各地から 帰還した港です。 バタやんこと田端義夫が歌った楽曲です。私も子ども の頃に聞いていた覚えがあります。 資料館もありましたが舞鶴に比べたら小さなものでし た。この後に名勝・展海峰に…
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50年来の記憶違い

高校野球には並々ならない想いを持っています。甲子園球場が近くに あったことや高校時代に応援団員だったからです。 古希を過ぎた今でも愛知大会はもちろんのこと甲子園大会にも足を運 ぶほどです。 昨年は、石川県能美市にある「栄冠は君に輝く」の歌碑を訪れました。 この歌碑について原稿を書いているところですが、大変なことに気付き …
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昭和歌謡「流転」

昭和12年(1937年)に上原敏が歌って大ヒットした楽曲です。 日中戦争が7月7日に始まっています。その年には淡谷のり子の 「別れのブルース」、ディック・ミネの「人生の並木道」がヒットして います。時勢柄、よくこのような歌が発売されたものだと思います。 牧之原市細江にある照国寺に歌碑はあります。この地は、作詞 者の藤田まさ…
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歌碑と庚申塔

昨日のブログに書いた裾野市葛山地区の庚申塔を探しに朝6時に 出発しました。新東名が比較的空いていて9時前に着きそうになっ たので清水区にある梅蔭禅寺に行きました。 昭和歌謡の「旅姿三人男」の歌碑があります。 と、言うのも次郎長一家の墓所だからです。 任侠の次郎長は新政府側ではなく徳川のために一肌脱いだのです。 そのた…
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昭和歌謡の資料探し

私が昭和歌謡の歌碑に興味を持ったのは『昭和歌謡100名曲』 塩澤実信(北辰堂出版)を読んだからです。全5冊で500曲ある のですが全ての楽曲に歌碑があるわけではありません。 そんなことで旅行のたびに歌碑を訪れて5年目になります。 今年は、その一端を一冊にまとめたいと思っています。 今日は、その資料を求めて午前中は鶴舞図書館へ行…
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昭和歌謡(小樽)

小樽には何回も行ったことがあります。 石川啄木、小林多喜二、永倉新八など所縁の史跡を訪ねました。 石原裕次郎記念館も数回は行っています。ただ、昨年に閉館したのですが 小樽駅のホームにパネルが設置されていました。 裕次郎には、「おれの小樽」という楽曲があります。 小樽運河沿いにあるのですが積雪のために歌碑の全てを見ること…
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昭和歌謡・釧路、札幌

釧路の幣舞橋の袂に「釧路の夜」(美川憲一)の歌碑があります。 「柳ヶ瀬ブルース」と同じ宇佐英雄の作詞/作曲の楽曲です。 冬季オリンピック札幌大会のジャンプ会場である大倉山ジャンプ台 のところにある「虹と雪のバラード」(トワ・エ・モア)の楽曲です。 札幌市内には羊ヶ丘展望台に石原裕次郎の「恋の町札幌」の歌碑 があり、作詞…
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昭和歌謡「あゝ新撰組」

壬生寺にある歌碑「あゝ新撰組」は三橋美智也が歌っている。 作詞・横井 弘、作曲・中野忠晴で1955年(昭和30年)の楽曲です。 この時代にしては新撰組を真っ当に扱っています。 昭和30年ということは、私が小学校低学年の頃で、鞍馬天狗の敵役 としての新選組が主流だった時代でした。 短い歌詞で見事に新撰組を描いています。 ー…
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昭和歌謡「人生の並木道」

ディックミネをテレビで見たことがあります。 この歌は、戦前の歌謡曲ですがナツメロとしてよく聴きました。 作詞・佐藤惣之助、作曲・古賀政男という定番のような楽曲です。
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昭和歌謡「いつでも夢を」

葛飾区の堀切菖蒲園駅から近い九品寺に「いつでも夢を」の歌碑が あることを知ったのは最近のことです。 作詞家・佐伯孝夫さんの墓誌の裏側が歌碑になっています。 しかも、佐伯さんの筆跡だそうです。晩年の佐伯さんは、この寺の近く に住んでいた。 この楽曲は、1962年9月に発売され、その年のレコード大賞を受賞し ています。橋幸夫…
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昭和歌謡「女のみち」

ぴんからトリオの「女のみち」は、作詞・宮史郎、作曲・並木ひろしの 大ヒット曲です。コミックバンドが余興のようにプレスした私家版が評 判をよんで、紅白に出場するまでになりました。 お笑いタレントが続々と演歌界に登場するきっかけを作った楽曲です。 兵庫県加西市の親水公園に歌碑はあります。 恐らく、宮史郎の出身地なのでしょう。
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昭和歌謡「あの鐘を鳴らすのはあなた」

淡路島に昭和歌謡「あの鐘を鳴らすのはあなた」の歌碑があるので 写真を撮りに行きました。 言うまでもなく和田あき子の代表曲です。紅白で何回も歌ってい ます。この歌碑が淡路島にあるのは、作詞者の阿久悠の出身地だ からです。カーナビを頼りに行き着いた所は、高田屋嘉兵衛の生 誕地でした。 司馬遼太郎『菜の花の沖』の主人公…
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昭和歌謡「古城」

「栄冠は君に輝く」は高校野球の大会歌なので昭和歌謡に入れるべきか 迷ったのですが戦後の平和を謳歌する意味で大切にしたいと思いました。 作詞の加賀大介の出身地である石川県小松市の根本野球場に碑はあり ます。ちなみに、加賀大介も高校球児だったし、ず~っと後輩には松井秀 喜がいたということです。 能登半島の中頃にある七尾市に…
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昭和歌謡「岸壁の母」&2曲

私が子どもの頃に、よく聴いたのは菊池章子の歌だったような気が します。おそらく小学生になった頃と思います。 端野いせさんが舞鶴港に復員船が入るたびに東京から通い続けて いるのをラジオがインタビューした。それを聞いて作詞家の藤田まさ とが「ニュース歌謡」として書いたという。 私が教員になった頃、二葉百合子によってリバイバル…
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昭和歌謡「酒は涙か溜息か」

昭和初期に藤山一郎が歌って大ヒットした。 新聞記者だった高橋掬太郎が作詞し、古賀政男が作曲した。 ♪酒は涙か溜息か 心の憂さの捨て所 実に短い、1番がたった二行で4番まである。 この歌碑の近くには高田屋嘉兵衛の像や日露友好の碑もある。 函館は何回か訪れているが偶然入った函館市文学館で石川啄木の墓が 函館にあること…
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美空ひばりの歌碑

美空ひばりの⌈川の流れのように⌋の歌碑と、アンパンマンのやなせたかしの作詞した ⌈手のひらを太陽に⌋の歌碑を撮りに廻りました。
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昭和歌謡「知床旅情」

オホーツク人の暮らしがわかる充実した3日間でした。 詳しくは後日に報告します。 今日は最終日だったのですが、私は単独行動で知床半島の ウトロ港へ行きました。昭和歌謡の知床旅情の歌碑を撮り に行ったのです。知床旅情の歌碑が2ヵ所にあることをこち らに来て知りました。羅臼にあることは知っていました。 2ヵ所を廻る予定でしたが…
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昭和歌謡「女ひとり」

京都 大原 三千院 恋に疲れた女がひとり 結城に塩瀬の 素描の帯が 池の水面にゆれていた 京都 大原 三千院 恋に疲れた女がひとり 7月に亡くなった永六輔さんが作詞して、デュークエイセスが歌って ヒットした「女ひとり」は『にほんのうた』シリーズの一曲です。 1966年(昭和41年)、私が大学1年生の時の発売でした。 …
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