テーマ:旅行

あどけない空の話

二本松藩は、戊辰戦争の時に《二本松少年隊》の悲劇にあるように、西軍=新政府(薩長)に徹底抗戦して降伏しています。戊辰戦争では会津藩が《義の戦い》をしたように言われていますが、私は二本松藩の「義」に魅力を感じています。会津藩は、京都守護職として尊攘浪士や薩長と直接戦ってきたので最後まで戦うのは当然のことだと思うのです。しかし、二本松藩は小…
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中山義秀文学賞公開選考会

今年は、近隣の他県には何回か出かけています(彦根、松本、大野、岐阜、白馬、鈴鹿山脈など)が、1月に東京に行ったきりで遠出はしていません。11月に福島県白河で「中山義秀文学賞公開選考会」が開催されるので出かけることにしました。以前に受賞式には参加したことがありますが選考会は初めてです。《公開選考会》なので選考委員がどのような観点で選ぶ…
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栂池高原

スキーでは何回か行ったことがある栂池高原ですが、栂池自然園は初めてでした。宿泊したペンションのオーナーが「例年なら8月下旬には暖房を入れるのに、今年は9月下旬で一ヶ月遅れです」と言っていました。栂池自然園も10月上旬で紅葉の見頃なのですが、今年は少し遅れているようでした。今日は、昨日の好天気とは違って曇りでした。標高2000mの栂池自然…
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久しぶりの安曇野

今日は、夫婦で友人と一緒に安曇野を散策しました。《大王わさび農場》には何回も来ているのに初めて全体を知りました。今まで、よく考えると「わさび田」を見ていませんでした。いつも駐車場から水車小屋を見て満足していたのです。 金曜日なのに若い子がいるなと思ったら、大阪から修学旅行に来ている中学生でした。わさび農場の次は、木崎湖を見て散策し…
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初めての比叡山

初めて比叡山を訪れました。私の記憶では京都駅からバスで北上してロープウェイで登るというのが比叡山だったのだけれど、大津側から比叡山ドライブウェイを使って比叡山へ行く方法があることを知りました。ただ、通行料がバカ高いことに疑念は残ったのですが。比叡山は、東塔、西塔、横川の三つの地区に分かれています。 西塔の釈迦堂は信長の焼き討ち…
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「半分、青い」岩村城下町

岩村城下町を訪ねたのは、朝ドラ「半分、青い」の舞台に一度は行きたいと思っていたからです。 商店街を歩きながら、「あゝ、ここが出てきたな」とか「ここを自転車で通っていた」とか思いながら歩きました。駅前近くには鴨長明塚があったり、街中に佐藤一斎の詩碑や木版があったりと見所がいっぱいの街並みでした。 主人公の鈴愛の両親が歩…
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岩村城址

岐阜駅前で泊まって、今日は天気もいいので岩村に出かけました。岩村は女城主で有名でした。その上に、朝ドラ「半分、青い」で一気に一大観光地になりました。放映中は大変だったようですが、放送後1年以上になった今日も日曜日だけあって観光バスが来ていました。岩村城址にも多くの人が歩いていました。 登城口から急な登り坂を800mで本丸です。…
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カプセルホテル

昨夜は東京駅近くのカプセルホテルに泊まりました。定宿が取れなかったので仕方なくだったのですが20年ぶりくらいのカプセルホテルでした。 以前よりはセキュリティもしっかりしていて思っていたよりも良かったです。 個室の広さもそこそこあり、耳栓も準備していったのですが必要ないほどでした。洗面所やシャワールーム、トイレも十分満足できる…
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新十津川町開拓記念館

明治22年8月、奈良県吉野郡地方が大暴風雨に襲われ、2403戸(人口12862人)の十津川郷は村の4分の1が壊滅する大惨事となりました。尊皇倒幕の功績もあった十津川郷なので政府の援助があり2489人が北海道に移住することになりました。新十津川町では、十津川郷のことを母村と呼んでいます。 移住者は、十津川郷から高野山⇒橋本⇒堺⇒…
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ツアー2日目(安田侃彫刻美術館)

3回目の月形樺戸博物館です。新館が増えて展示が一新されていました。ただ、永倉新八コーナーが狭くなっていたような気がしました。 新十津川開拓記念館は見応えがありました。(詳しくは後日) そして、今日のメインは安田侃彫刻美術館でした。美唄の元小学校の校庭・校舎に点在する彫刻がなんとも素敵でした。
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司馬遼太郎記念館交流ツアー/2日目

2日目は、朝早く出発でした。 九十九島が一望できる石岳展望台に登りました。昨年、来たと思っていました が違っていました。 今回のツアーに参加する大きな理由の一つが平戸にありました。 平戸城は、遠くから見ても素晴らしい。平戸にはオランダ商館もあります。 平戸には、ザビエル記念教会があって、ある所から見ると教会の周りに…
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司馬遼太郎記念館交流ツアー1日目

11日、博多駅集合で始まったツアーは、司馬遼太郎さんの『街道をゆく11/ 肥前の諸街道』を辿るツアーでした。3台のバスに分乗しました。 最初は、蒙古塚です。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 第二次元寇は暴風雨によって終末を告げたのだが、生き残った元兵は あちことで降参して捕虜になった…
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今年を振り返る①

今年も、あと一週間を切りました。 今年は、「戊辰戦争150年(明治150年に対峙して)」ということで 各地を訪れました。 1月は鳥羽・伏見、2月はオホーツク海沿岸、4月は流山・近藤勇忌、 5月は五島列島、7月は東京・沖田総司忌、福島・白河戊辰150周年 記念行事、8月は全生研大会(神奈川)、9月は会津若松、10月は鶴 岡・東…
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歩いて行ける「三県境」

栗橋まで行ったからには、近場に何かないかを検索したところ、渡良瀬貯水池が あることがわかりました。明治時代の公害問題「足尾鉱毒事件」を隠蔽するため に被害地域の谷中村を遊水池にしてしまいました。 足尾鉱毒問題といえば田中正造です。天皇に直訴した後に谷中村に住み、舟を 住処にした硬骨漢でした。時間が無くて(タクシーが呼べなかっ…
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ゆかいな仲間たち

今日は、東京で忘年会です。 その前に、ムンク展をみました。待ち時間40分の混雑 ぶりでした。 上野公園を歩いていて、正岡子規の碑がありました。 ベースボールを野球と訳したのは正岡子規です。自分の本名である 昇(のぼる)という意味です。 その後に散策があって神田明神などを訪れました。 神田明神といえば、銭形平…
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韓国旅行レポート

韓国旅行を書いてほしいと頼まれました。 ---------------------------------------------------------------------  全退教「韓国近現代史の聖地 光州・済州島を訪ねる平和の旅」に 参加してきました。映画「タクシー運転手」とを見ていたので訪問地が 光州と聞いて「行きた…
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済州島の日本軍陣地跡

TVドラマ「チャングムの誓い」のロケ地として有名な松岳山海岸ですが 戦争末期に日本軍が特攻・震洋の出撃基地を作ったところです。 断崖に船隠しの洞窟がいくつか見えます。 その海岸から少し離れた場所に日本軍陣地の遺構が残っていました。 畑の中に数多くの格納庫があり、ゼロ戦の模型もありました。 済州島は、リゾート地に…
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韓国旅行2日目(光州)

光州の「国立5・18民主墓地」参拝に時間がかかってヤキモキしたのですが 案内人である高橋 信先生とガイドさんに慰安婦像に立ち寄ってほしいことを 何度も要請したので市庁舎前広場に寄り道してくれました。 おまけに、これも予定にはなかった「光州学生独立運動記念塔」にも行けたの で私は大満足でした。この記念塔は1929年11月3…
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光州事件

韓国旅行の2日目は、愛国心と民主主義の聖地と呼ばれる 「国立5・18民主墓地」を訪れました。 5・18民衆抗戦追慕塔は、両手で民主主義の種を後世に伝 えることを表したものだそうです。 「光州事件」と呼ばれる民主化運動は、1980年5月18日から 27日までの10日間にわたり、光州市民と学生が不当な国家 権力に抵抗し、独裁…
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無事帰国

韓国旅行最終日の午前中は済州島の日本軍陣地跡を訪れました。(詳しくは後日) その途中で、韓国最高裁が元女子勤労挺身隊員が損害賠償を求めた訴訟で三菱 重工業の敗訴を言い渡したニュースが飛び込んできました。 テレビに登場した原告を支援する人たちの中に光州で出会った「市民の会」の人たち がいたことで身近に感じたニュースでした。…
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済州島

韓国旅行3日目、韓国のハワイと呼ばれる済州島に来ています。 1948年に起こった4・3事件関係の施設を訪れました。 「4・3事件」とは、米軍政期に始まり、大韓民国建国以後に至るまで 7年余り続いた韓国現代史の中でも朝鮮戦争に次ぎ、人命被害が深 刻で、悲劇的な事件です。 同じ民族間での虐殺が起こった悲惨な歴史です。
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韓国旅行

初韓国です。 全退教「韓国近現代史の聖地 光州・済州島を訪ねる平和の旅」です。 映画「タクシー・ドライバー」を見ていたので光州に行きたいと思っていたので ためらわずに申し込みました。連れ合いも一緒です。 一日目は、セントレアから仁川空港へ。仁川からバスで光州に着いて夕食を 兼ねた交流会が終わったら10時頃でした。 光州の教員…
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小江戸・佐原散策

昨日の「流星忌」は、土方歳三人気もあったのか若い人の参加が多いのが 印象的でした。 今日は、小江戸と呼ばれる佐原に行きました。 伊能忠敬ゆかりの土地ということで記念館や旧宅がありました。 街並みが残っているので多くの観光客が来ていました。 「佐原と言えば、《うなぎの山田》ですよ」と歴史仲間から教えてもらっていた…
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尾崎放哉記念館

「咳をしても一人」で有名な尾崎放哉が晩年を過ごした南郷庵跡が 小豆島尾崎放哉記念館となっている。 尾崎放哉は、一高・東京帝大を卒業して保険会社に入り要職に就く が酒癖がたたり退職して、38歳で妻とも別れて各地を転々とする。 自由律俳句における山頭火と並ぶ二大巨頭であるが、南郷庵に居 住して8ヵ月で41歳で亡くなった。 …
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平和の群像(二十四の瞳)

小豆島・土庄港に「平和の群像」があります。 壺井栄の『二十四の瞳』をモチーフにして昭和29年(1954年)に 作られたそうです。 塑像の子どもたちの表情がとてもいい。平和は笑顔で証明できます。 別の意味で子どもたちのこんな表情が現在は奪われているような 気がします。
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エンジェルロード

昨夕、ホテルから見えたエンジェルロードに行けなかった。 ところが、今朝も見えました。潮の干満で見えたり消えたりするエンジェルロード。 慌てて車を飛ばしました。 朝、6時にはかなり広い範囲で歩くことができました。 ところが9時にはもう潮が満ちてエンジェルロードは消えてしまいました。 小豆島はオリーブで有名です。そして…
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二十四の瞳

姉・妹と私たち夫婦の4人で小豆島にやって来ました。 姉・妹にとっては何回目かの小豆島ですが私たち二人は 初めて上陸しました。 今日は、天気も良くて穏やかな船旅でした。 最初の目的地は、岬の分教場です。 映画「二十四の瞳⌋の舞台となった学校です。 説明文の中に実際にあった分校は昭和46年の3月に閉校 となった…
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東軍慰霊祭IN鶴岡

6日、山形県鶴岡市の荘内神社で東軍慰霊祭がありました。 新人物往来社から新撰組関係の本を出版した大出俊幸さんの呼びかけで 毎年、各地で開催されています。私は数年前の京都・淀で開催された時に 初めて参加しました。 今回は、全国各地から作家や研究者、歴史ファンが参列しました。庄内藩 主酒井家の第18代・酒井忠久さんが「戊辰戦争…
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庄内藩と西郷隆盛

庄内紀行最終日はレンタカーを借りて遠出しました。 高速道路を乗り継いで1時間、西川町に歌碑を撮りに 行きました。詳しくは後日にまとめて書きます。 午前中がそれで潰れたので市内の藤沢周平の小説に 出てくる土地は少ししか廻れませんでした。 もっとも、以前にほとんど廻っています。 藤沢周平の生誕地には行って来ました。 …
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藤沢周平記念館

今日は、郡義武さんの庄内・秋田戊辰戦争ツアーに 参加したのですが、日程表をしっかり見ていなかっ たので帰着地が秋田なのに鶴岡と思って大失敗です。 松ヶ岡開墾地や新庄城址を見学したところで途中下 車して鶴岡に戻りました。 それで明日訪れるつもりだった藤沢周平記念館に行 きました。 ツアーでは、庄内藩士が明治になってから開…
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