大村愛知県知事のまともさ

国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展《表現の不自由展・その後》が開幕から3日で中止されたことを残念と思っていましたが実行委員会会長の大村秀章・愛知県知事のまともさと河村たかし市長の酷さが明らかになりました。河村市長が2日に会場を視察して「日本国民の心を踏みにじる行為であり許されない」と抗議文を大村知事に出し、展示の中止を求めた。
河村市長と同様に日本維新の会や菅官房長官が権力的に介入するのに対して、大村知事は「公権力を持つ立場の方が《この内容は良くて、この内容はダメ》と言うのは、憲法21条が禁止する《検閲》ととられても仕方ない」と反論しています。大村知事は、自民党であり保守の立場なのだと思うのですが、安倍首相周辺や河村市長、維新の会と違って保守本流の立場なのでしょう。
日本ペンクラブは、この出来事に対して抗議の声明を発表している。
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制作者が自由に創作し、受け手もまた自由に鑑賞する。同感であれ、反発であれ、創作と鑑賞のあいだに意思を疎通し合う空間がなければ、芸術の意義は失われ、社会の推進力たる自由の気風も萎縮させてしまう。
あいちトリエンナーレ2019「表現の不自由展・その後」で展示された「平和の少女像」その他に対し、河村たかし名古屋市長が「(展示の)即刻中止」を求め、菅義偉内閣官房長官らが同展への補助金交付差し止めを示唆するコメントを発している。
 行政の要人によるこうした発言は政治的圧力そのものであり、憲法21条2項が禁じている「検閲」にもつながるものであることは言うまでもない。また、それ以上に、人類誕生以降、人間を人間たらしめ、社会の拡充に寄与してきた芸術の意義に無理解な言動と言わざるを得ない。
 いま行政がやるべきは、作品を通じて創作者と鑑賞者が意思を疎通する機会を確保し、公共の場として育てていくことである。国内外ともに多事多難であればいっそう、短絡的な見方をこえて、多様な価値観を表現できる、あらたな公共性を築いていかなければならない。       
2019年8月3日 一般社団法人日本ペンクラブ 会長 吉岡 忍
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この件について、落語家の志らくは「こういうことをやると、日本人の多くが不愉快に思って許さないという結果が出た」と指摘。
さらに「これを『平和の少女像』という人がいるのが不思議でならない。日本人の誰もが見て『平和だな』って思えればいいですけど、韓国の人はそうかもしれないけれど、日本人の多くの人が反日の像だと思っているわけでしょ」と主張した。
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ここで、「反日」という言葉が出てきたことに驚いています。「非国民」や「売国奴」という意味で「反日」を使っています。しかし、山崎雅弘氏は次のように言っています。
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「大日本帝国批判」は「反日」ではない。戦後の日本国を愛する日本人にとっては、自国を破滅に導いた政治体制を繰り返さないために過去を真摯に反省し、研究することこそが「日本という国を愛する態度」になる。従って「大日本帝国批判」は「愛国」であり、どんどん日本国の税金を投入しても構わない。
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展示中止の決断は、「撤去しなければガソリン携行缶を持ってお邪魔する」という脅迫もあり、来場客の安全や芸術祭全体への影響を考慮したものでした。この脅迫はテロ行為です。警察は総力をあげて犯罪者を摘発することでしょう。

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