読書『天皇のイングリッシュ』保阪正康(廣済堂新書)

1941年、日本軍が真珠湾攻撃を敢行した時、米議会は反撃の決議をしたのだが、この時たった一人だけクエーカー教徒の女性議員が反対したそうです。クエーカー教は、キリスト教の一派で質素・平等・平和主義をモットーとして国際間のトラブルを《非軍事》の手段で解決することを信念としています。確か、ボクシングのモハメド・アリもクエーカー教徒だったような気がします。
戦後、GHQ占領下に皇太子(現・上皇)の家庭教師になったヴァイニング夫人はクエーカー教徒でした。皇太子の教育にアメリカ人の教育者を望んだのは昭和天皇だったと言われています。ヴァイニング夫人の著書『皇太子の窓』には興味深いエピソードが書かれています。
『天皇のイングリッシュ』には、昭和天皇について極めて重要なことが書かれています。例えば、昭和天皇は新しい憲法(日本国憲法)を極めて高く評価している、としています。
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しかし、負け惜しみと思うかも知れぬが、敗戦の結果とはいえ我が憲法の改正も出来た今日に於いて考えて見れば、我が国民にとっては勝利の結果極端なる軍国主義となるよりも却って幸福ではないだろうか。  「側近日記」
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保阪さんは、昭和天皇が昭和18年に「当時10歳の皇太子に元服式で軍服を着せたくなくて元服式をさせなかった」と書いています。東條英機が幾度となく要求するのだが昭和天皇は拒んだと言うのです。
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皇太子はヴァイニング夫人とともに、当時東京・代々木にあったワシントンハイツのアメリカン・スクールを訪問している。そこで見た米国人少年たちの授業風景は、日本のそれとはずいぶん違っていた。生徒たちは横を向いてだらしなく椅子に座り、教師への質問にも遠慮がないのだ。日本ではまずきちんと着座することが求められ、敬意を失した質問などできない。彼らはそんなことなどお構いなしだった。
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感想を聞かれた皇太子は、「教室で子供たちがのびのびしていることに興味をひかれた」と答え、「なぜあんなに自由なんですか」とヴァイニング夫人に問い返した。そして、ヴァイニング夫人は次のように答えた。
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アメリカの子供は大人になったとき自由な人間になろうとしているからです。そして、今のうちに、どうしたら人間は本当に自由になれるのか学ばなければならないのです。どうしたら一緒に働けるのか、どうしたら他人の邪魔をしたり傷つけたりしないで自由にあることができるのか、を学ばなければならないのです。それを学ぶのは、彼らが学校にいる間なのです。  『皇太子の窓』
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この本を読んで、上皇(明仁天皇)が戦後民主主義の体現者であることがよく分かりました。

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