テーマ:昭和歌謡

美空ひばりの歌碑

美空ひばりの⌈川の流れのように⌋の歌碑と、アンパンマンのやなせたかしの作詞した ⌈手のひらを太陽に⌋の歌碑を撮りに廻りました。
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昭和歌謡「知床旅情」

オホーツク人の暮らしがわかる充実した3日間でした。 詳しくは後日に報告します。 今日は最終日だったのですが、私は単独行動で知床半島の ウトロ港へ行きました。昭和歌謡の知床旅情の歌碑を撮り に行ったのです。知床旅情の歌碑が2ヵ所にあることをこち らに来て知りました。羅臼にあることは知っていました。 2ヵ所を廻る予定でしたが…
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昭和歌謡「女ひとり」

京都 大原 三千院 恋に疲れた女がひとり 結城に塩瀬の 素描の帯が 池の水面にゆれていた 京都 大原 三千院 恋に疲れた女がひとり 7月に亡くなった永六輔さんが作詞して、デュークエイセスが歌って ヒットした「女ひとり」は『にほんのうた』シリーズの一曲です。 1966年(昭和41年)、私が大学1年生の時の発売でした。 …
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昭和歌謡「あゝモンテンルパの夜は更けて」

JR飯田線の天竜峡駅から近い第一公園の側道沿いに「あゝモン テンルパの夜は更けて」の歌碑があります。作詞者の代田銀太郎 の出身地の関係だと思います。 この歌は、フィリピンのモンテンルパ刑務所に戦犯として収容されて いた死刑囚の代田が作詞し、同じ死刑囚の伊藤正康が作曲した。 それを有名な歌手であった渡辺はま子に送ったところ渡…
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昭和歌謡「勘太郎月夜唄」

伊那市に行ってきました。 春日公園(春日城跡)に『勘太郎月夜唄』の歌碑があります。 1943年(昭和18年)の歌謡曲です。 作詞・佐伯孝夫、作曲・清水保雄、歌手・小畑 実。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 1 影か柳か 勘太郎さんか   伊那は七谷 糸ひく煙り   棄てて別れた 故郷の月に   偲…
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昭和歌謡⌈惜別の歌⌋

上田に来ています。 明日から歴史仲間との真田ツアーです。 小諸に昭和歌謡の歌碑があるので足を伸ばしました。 島崎藤村の「惜別の歌⌋の歌碑が懐古園の前にある。 私にとっては小林旭の楽曲です。
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浜田真理子ライブ

昨夜は、今池のTOKUZOに浜田真理子を聴きに行きました。 新しいアルバムを制作する予定ということでその楽曲を多く歌った ので初めて聞く歌が新鮮でした。 それでも、美空ひばりの「一本の鉛筆」、「さくらの唄」や「しゃれこう べと大砲」といった非戦・反戦の歌はばっちりでした。 圧巻は、「一人じゃないの」の大合唱でした。昔の歌は…
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昭和歌謡「狂った果実」

今日は、今年何回目かの鎌倉散歩をしてきました。 息子夫婦と待ち合わせて一緒に東慶寺、建長寺、報国寺、 高徳院(大仏)を見て来ました。 私は待ち合わせの前に、逗子まで足をのばして森戸神社の 石原裕次郎の「狂った果実」の歌碑の写真を撮りに行きまし た。 海上には裕次郎灯台と呼ばれる灯台がありました。
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昭和歌謡「人生劇場」

作詞・佐藤惣之助、作曲・古賀政男、歌手・村田英雄によって リメイクされてヒットした楽曲です。本歌は、戦前に楠木繁夫が 歌い大ヒットした。 歌の主人公は吉良の仁吉です。 西尾市吉良町の源徳寺に歌碑があります。 歌碑の横に「仁吉の墓」があります。 吉良の仁吉といっても若い人は知りません。40代の大学の同 僚は知りません…
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昭和歌謡「侍ニッポン」

先週まで出歩いていたせいか今週は風邪気味ですっきりしない 体調だったので外出を控えていました。この3日間はよく寝て、 毎日、昼寝もしたのでようやくノドの痛みが消えたので今日は 豊田・松平郷に行ってきました。 徳川家康の先祖の地・松平郷には3回目です。高月院がめあて で行っていて、「侍ニッポン」の歌碑の写真を撮っていなかった…
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昭和歌謡「人生いろいろ」

1987年、TVドラマの主題歌として吹き込まれた「人生いろいろ」は 日本レコード大賞で作詞賞を受賞する。そして翌年は、金賞と最優 秀歌唱賞を受賞した。 作詞家の中山大三郎の故郷である霧島山麓高崎町(現在は都城市) に歌碑がある。福祉保健センターと道路を挟んだところに歌碑はある。 この楽曲は、当初は「笑いばなしにして」という…
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昭和歌謡「学生時代」

「学生時代」は青山学院大学のキャンパスをイメージして平岡精二が 作詞・作曲し、後輩のペギー葉山が歌って1965年に大ヒットした。 ペギー葉山は、「南国土佐を後にして」で有名だが、最初は歌いたく なかったということだった。その5年後に歌った「学生時代」は自らが 望んだ楽曲だった。 渋谷から井の頭線に乗り、池の上にある…
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昭和歌謡「ああモンテンルパの夜は更けて」

飯田市の天竜峡駅近くの遊歩道に昭和歌謡の歌碑がある。 1952年のヒット曲「ああ、モンテンルパも夜は更けて」の歌碑です。 作詞者・代田銀太郎の所縁らしい。 今日の講義は、戦後史の2回目でサンフランシスコ平和条約から、 バブル経済までをやりました。「今日は、何の日?」と問いかけました が誰も答えられなかった。サンフランシスコ講和…
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昭和歌謡(石本美由紀)

長崎からの帰りに広島で降りて、大竹市の亀居城跡を訪れた。 作詞家の石本美由紀さんの歌碑が詩の坂道として並んでいる。 「柿の木坂の家」青木光一 「矢切の渡し」細川たかし 「悲しい酒」美空ひばり 「長良川艶歌」五木ひろし 「憧れのハワイ航路」岡 晴夫 石本美由紀さんの記念顕彰碑
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昭和歌謡「長崎の鐘」

1945年8月9日、爆心地から600mのところにあった病院にいた 長崎医大の永井隆医学博士の被爆体験を綴った随筆からヒント を得てサトウハチローが作詞した「長崎の鐘」は、映画の主題歌 として作られたという。 作曲の古関裕而は、戦争の受難者への思いをこめて宗教的な 旋律を使った。それゆえに歌手は藤山一郎しかいないということ …
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昭和歌謡「祇園小唄」

古都・京都の祇園で遊ぶにはかなりの資金とコネがいるでしょう。 「一見さんお断り」という伝統があると聞いている。 もちろん、祇園にも私のようなものが入れる居酒屋などはあると 思いますが、いわゆる遊興の巷には全く関わりはありません。 円山公園内にある「祇園小唄」の歌碑は、立派なものです。 昭和の初期に長田幹彦が映画の主題歌とし…
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昭和歌謡「青い山脈」

『昭和歌謡100名曲』の著者・塩澤実信さんによると「青い山脈」は、 日本人の好む歌ベスト100曲のトップにリストアップされているという。 元々は石坂洋次郎の新聞小説の映画化に際して、主題歌として藤山 一郎と奈良光枝が歌っている。作詞・西條八十で作曲・服部良一です。 作曲者の服部良一の縁で大阪の地下鉄・谷町九丁目駅の近くにある…
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昭和歌謡「月の法善寺横丁」

藤島恒夫の「月の法善寺横丁」は1960年のヒット曲です。 中学1年生だった私はセリフを真似して鼻歌で歌っていた。 法善寺横丁といえば水掛不動が有名です。 法善寺の入口にはフランク永井の「大阪ぐらし」の歌碑もある。
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昭和歌謡碑「若いお巡りさん」

高尾山の薬王院境内に「若いお巡りさん」の歌碑がある。 作詞家・井田誠一は、八王子市で生まれ、そして没した。 昭和31年のヒット曲で若原一郎の代表作でもある。 昭和のビッグヒット曲であるピンクレディの「ペッパー警部」 はこの歌のオマージュではないかとも思う。 薬王院には、ケーブルカーで簡単に行けるのだが、ここまで 来たら頂…
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昭和歌謡碑「北帰行」「東京の花売り娘」

八王子市東京霊園にある「北帰行」の歌碑を訪ねた。 小林旭の歌でヒットした思い出深い、私の愛唱歌でもあった。 20年ほど前はカラオケでよく歌ったものです。 しかし、私の知っている北帰行と歌詞が違うところがあった。 作詞・作曲の宇田 博の墓域に立派な歌碑がある。 「故郷の 冬陽に抱かれて 眠るかな」 東京霊園には、上原げんと…
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昭和歌謡「憧れのハワイ航路」

昨日、授業参観に行ったついでに、岐阜県大垣市の日本昭和音楽村に 立ち寄った。江口夜詩記念館がある。江口夜詩は、田端義夫の「十九の 春」、岡晴夫の「憧れのハワイ航路」、春日八郎の「赤いランプの終列車」 などの作曲者です。 歌碑めぐりをしている私には「憧れのハワイ航路」の歌碑があるということ で訪れました。ところが、歌碑ではな…
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昭和歌謡「港町十三番地」、「異国の丘」

美空ひばりの「港町十三番地」をよく歌っていた。 子どもの頃の話です。それは、私が13番地に住んでいたからです。 よく知られているように美空ひばりは横浜育ちの「浜っ子」です。 そして、所属したレコード会社のコロンビア本社が川崎市港町六番地 にあった。作詞家の石本美由紀はこの地名をヒントにしたらしい。 京急大師線の「港町駅」に…
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昭和歌謡曲の歌碑めぐり(長野県)

長野市まで田中さんの告別式に車で出かけた。 しかし、地域性なのか葬儀場のやり方なのかはわかりませんが 進め方に戸惑う告別式でした。 最初に導師による読経が始まったところで、いきなり一般参列者 の焼香でした。そして、告別式は1時間の予定でしたが焼香が終 わると各自帰っていきました。 私が式場にいたのは10分ほどでした。一般参列…
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昭和歌謡曲の歌碑めぐり(岐阜市)

長良橋の南側袂にある鵜飼観覧船乗り場に「長良川艶歌」の 歌碑がある。 長良橋から川沿いに東に2kmほど行き、鵜飼い大橋を越えた 南側の不動院境内に「影を慕いて」の歌碑がある。 不動院は、東海白寿三十三観音めぐりの落ち着いた寺院です。 岐阜市と言えば柳ケ瀬、柳ケ瀬と言えば美川憲一の「柳ケ瀬ブ ルース」です。 …
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昭和歌謡曲の歌碑めぐり(横浜・川崎・新宿)

今日は、横浜・川崎・新宿の歌碑を訪れました。 「伊勢佐木町ブルース」は立派な歌碑でした。 港の見える丘公園にある「港の見える丘」の歌碑は 修学旅行生の歓声が響く中で注目する人は全くいない 状態でした。 川崎駅前の川崎信用金庫の敷地内にある「青い背広で」 は作詞者の佐藤惣太郎の関係らしい。 新宿に移動して…
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歌碑「矢切の渡し」

柴又には何回来たことだろう。 駅前の寅さん像を見て、帝釈天へ。映画「男はつらいよ」のシーンを 思い出す。しかし、柴又に来た目的は帝釈天や寅さんではない。 「矢切の渡し」の歌碑を見に来た。6日のことです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「つれて逃げてよ・・・」「ついておいでよ・・・」 夕暮れの雨が降る…
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東京の歌碑めぐり

東中野駅から神田川沿いを歩いて大久保通りと交差する所にある公園に 「神田川」の歌碑がある。 有楽町駅に近いバス停「数寄屋橋」の側に「有楽町で逢いましょう」の歌碑 がある。フランク永井が歌った百貨店のCMソングだということです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー あなたを待てば 雨が…
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昭和歌謡の歌碑めぐり

「鈴懸の径」は作詞・佐伯孝夫で灰田勝彦が歌っている。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 友と語らん 鈴懸の径 通いなれたる 学舎 やさしの小鈴 葉かげに鳴れば 夢はかえるよ 鈴懸の径 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 立教大学のキャンパスに歌碑があると聞いて出かけてみた。…
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「昭和歌謡」碑

昭和歌謡の歌碑を訪ねての旅の第二弾は東京です。 詳しくは後日ですが上野駅前(広小路口)の「あゝ上野駅」の歌碑は立派です。 その側の横断歩道の横で歌っている人がいた。 「CDを3ヵ月で1500枚売って武道館ライブを目指しています」とプラカードに 書いてあった。歌っていた「パパ、あのね」が気にいったのでCDを買って、…
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別れの一本杉

今回の旅の目的の一つは昭和歌謡曲の歌碑巡りです。 昨日は、郡山駅前の「高校三年生」を探しました。 駅前というのですぐに見つかると思っていましたが、タクシーの運転手 さんに聞いてもわからないというし土産物店で聞いても知らないという ことでした。ただ、タクシーの運転手さんが無線で調べてくれて、繁華街 の西口ではなく東口というこ…
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